2009/10/12

RE: 「Web上の文章は官僚の作文に近い」 by 養老孟司

過剰な反論のある空間っていうのは、そもそも独り言がつぶやけない場所なんです。つまりそこでは言論が成り立たない。という養老孟司さんの主張は、一面頷ける。

確かにその通り。どっかで反論を考えてしまう。1日のPVが平均して100を超えない程度のボクですら、やっぱりどこか意識している。すでに「ブランド」や「権威」を確立した人なら、なおのことだろう。

でも、それはきっと古いリテラシだとも思うんだ。一人の人間の言説が信じられないくらいの大多数に読まれる可能性があるというメディアのない時代の。

反論が来るかも、という観点では「釣り」を意識するのが新しいリテラシになるのかもしれない。主張の根幹, ロジックの根っこになるところは練るけれど、それ以外の部分は敢えて「反論の余地/スキ」を残すようなスタイル。「反論」の連鎖で言説がWebにばぁぁぁっと拡がっていくのを狙ってさ。

人間どういうわけか同感/同意したときよりも、反論したいときの方が熱が入るみたいでさ。そういう時の方の情報の伝播の仕方ったら、まさに爆発的なんだもの。

内容:

養老孟司さんは以下のように続けます。

過剰な反論のある空間っていうのは、そもそも独り言がつぶやけない場所なんです。つまりそこでは言論が成り立たない。そんな空間で反論を予測しながら書いていたって、気が付いたらいちばん言いたかったはずの自分の言い分が消えて、結局つぶされてしまうんですよ。

逆に言うと、自分の意見を書いて、それを大多数に伝えて、反論がダイレクトではないというのは書籍くらいなんですよね。例外はあるものの、他のものはだいたいにおいて反応がダイレクトになっています。会議とかもだいたいにおいて反応はダイレクトですし。


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