もしも全人類の脳が繋がったら?
人間の脳を未来の技術に生かす研究が加速している。次世代の人工知能(AI)やテレパシーのような意思疎通を実現させる試みだ。だが未知の領域には危うさも潜んでいる。
(出典:脳の拡張と改変へ テレパシーによる「超知性」の可能性と倫理的課題 - テクノロジーと人類, 長内洋介 - 産経新聞)
こんな記事を見かけた。
これを読んで 誰かを愛する自由すら失う というリスクを指摘するコメントがあった。
なるほど。
全人類の脳がネットワーク通じて繋がってしまったら、さらにそこへAIさえも繋がってしまったら……全人類の「個」が均質化・均一化してしまい、何を感じるか・誰を愛するかさえ、自分のものではなくなってしまうかもしれない。
そうなってしまったら、きっと世界はツマラナイものになってしまうだろう。
私を私たらしめているものが失われてしまう。
でも。
ボクは攻殻機動隊のファンなので、別に未来を想像してしまうんだ。
まず技術的に限界があるはずなんだ
全人類の脳が、ネットワークに繋がり、相互に同期する未来。
言い方を変えたら、人類の脳内を駆け巡り、生成・消滅する情報を、リアルタイム・全方位に垂れ流す未来。
この前提には、大きな技術的問題がある。
一人の人間が、身体感覚含めて、どれほどの情報を処理していることか。
その全てを24時間365日、フルに同期しようとしたら、とてつもない情報量になる。
まずインフラが保たない
真面目な検証はサボるけど IT土方 ITのインフラエンジニアないし管理者の立場から見れば、現行技術の延長どころかパラダイム・シフトの一つ二つ起きたくらいでも、処理しきれるわけがないと、勝負する前から匙を投げること間違いなしだ。
なにしろ、今のもっともっと少ない(といっても、数字にすると天文学的な大きさだけど)情報量ですら、十重二十重に工夫を積み上げ、夜に朝に技術者を泣かせながら、なんとかかんとか動かしているのだ。
間違いなく、インフラが保たない。
今度は、脳が保たない
それでもなんとかかんとか、インフラの問題を解決したとしよう。
今度は別の問題に直面する。
ノード、つまり個々人の脳の性能だ。
いやいや、脳の90%は使われてないって言うし……という反論も思いついたけど、これは2つの意味で無理筋。
一つは圧倒的な対向ノードの数の問題。仮に90%が、対向ノードから流れてくる情報の処理に使われたとして。
Worldometerの推計によると、2026/08/16 17:00 JSTで確認した時点で、83億人を超えている。どこまで信頼性があるか、という点を差し引いても、1:数十億ってスケールの時点で、考えるのも馬鹿らしくなるくらいの圧倒だ。
仮に、ものすごく効率的なアルゴリズムでノイズ情報やらを取り除いて、流れる情報自体をダイエットさせたとしても、それくらいでなんとかなる量じゃない。
次に、その前提は脳の10パーセント神話として、脳科学の分野で否定済みということ。
そもそも、ボクたちの脳に無駄な部品なんてなく、全てがちゃんとお仕事をしている。
全てが常時フル稼働しているわけではないけれど、それも余裕があるという意味じゃない。全出力・全稼働なんて、アニメの世界でさえ「それは無茶だ!」の前フリが付き、そのあとの稼働停止のためのマクラ言葉なんである。
そこに他人から流れ込む膨大な情報を流し込んだら?
そりゃ、壊れるよね。
だから、まず技術的に均質化・均一化は起こらない。遠い遠い未来のことは分からないけど、およそ現代の技術の延長上では、無理と言ってしまっていいだろう。
むしろ遮断するシステムが手厚く開発されるハズ
そもそもボクたち人類自身が、全ての情報を他者に同期することを望まない。
脳よりもずっとずっと限定的な情報しか持っていない、ボクたちのデバイス(パソコンとかスマートデバイスとか……ここは分かりやすさを優先してイイカゲンにクラウド上のサービスも仲間にいれていい)でさえ、ボクたちは無制限なアクセスを許していない。
ものすごく単純化して言えば、二つの側面がある。
- ボクたちは、他者に知られたくないことをいっぱい抱えている
- ボクたちは、見たくないものは、目の前に表れて欲しくない
ボクたちの頭の中は、ヒミツでいっぱいだ
誰だって、頭の中に覗かれたくないものはいっぱいある。
だから、先進国では基本的にプライバシー権を守る法律や制度が整備されていて、他者と共有する情報は、個々人の権利と責任において個々人が選択できることになっている。
決して完璧とは言わないけれど、少なくとも全情報を全人類と同期……なんて強制することは許していない。
おそらく、これからも許さないだろう。枠を広げようとするたびに、大きな市民運動が起きて、闘うだろう。
このあたりは企業も同様……なんなら、オカネが絡む分、もっとシビアかつ強行に抵抗するだろう。政治家たちも、その声は無視できない。
そして、見たくないものは除外したい
そして、ボクたちは当然、見たくないものを見ない権利がある。(誰かが見たくないものを見せないという義務はない……厄介な議論に巻き込まれる前に予防線ね)
古典的には、本屋さんで成人向けのあれやこれやなコンテンツが、ちょっと外れの一角に置かれている、みたいなアレである。(この例え、もう通じない人の方が多いかも)
SNSで言えばミュートってヤツである。
Webで言えばフィルタリングであるし、広告ブロックも、これに類するだろう。
このあたりは、他者による制御(いわゆるペアレンタル・コントロールとか、企業内のWebフィルタリングを思い浮かべて欲しい)という、真面目に考えるといろいろ面倒くさい話題もあるんだけど、ここでは雑に棚に上げておく。
ともかくも、受け取るにしたって、無制限に受け取るのは厭だ、と社会の側が拒絶するということである。大事なのはここ。
ニーズがあれば、技術開発も充実する
また、こうしたニーズがあるので、技術開発も盛んだ。
防壁技術も、追跡技術も、IT業界のスゴい人たちと企業が盛んに開発してきたし、今も日々、開発が進められている。
古典的なものだけでも……
- 認証
- 暗号化
- アクセス制御
- ブロック
- ログ
- 通信履歴
- なりすまし対策
- マルウェア対策
こんなのがある。
攻殻機動隊では攻性防壁なんて、名前からして物騒で、接続を辿って相手の脳(電脳)を灼くという機能も物騒なシロモノさえある。
実はSci-Fi作品を探していけば、類縁のアイディアは幾つもある。
流石に相手の脳を灼く、までが許されるかは分からないけれど。
ただ、荒唐無稽な発想ではなく、現代でも、クラッカーを逆に攻撃するActive Defenceの技術と制度は真面目に研究され、議論されている。まぁ、技術的な面はともかく法制度的に色々むずかしい課題があるようだけど。
だから、社会と制度と技術の3重で全同期は、拒絶される
そういうわけで、全情報の同期は、例えそれが技術的に可能であったとしても、社会が拒絶し、制度が拒絶し、また技術が拒絶する。
インターネットの普及以来、可視化された(というか、ボクみたいな1個人の片手間でも見えるようになった)世界の動向を見ても、その拒絶を推進する力は相当なものだ。
もちろん、現代でも裏では国家間で、サイバー攻撃のやり合いがされている、というのは半ば常識ではある。
セキュリティ業界では、可能性のレベルでとは言え、どれそれの攻撃は、どこそこの国から……とまで名指しで言及するケースがしばしばあるくらい。
あるいは愉快犯的に、あるいは経済的動機で、企業を、個人を狙って攻撃してくる輩もいっぱいいる。きっと技術的防御がどれだけ発展しても、叩いても、根絶はできないだろう。
でもまぁ、そのターゲットは、全体から見れば限定的だ。
その「限定的」なターゲットに、自分や家族、大切な人が含まれたら、という、とっても難しい問題は残る。
けれども、今回の「全人類がつながる」という議論では、いったん雑に棚の上へ放り投げておく。
ともかくも、仮に非常に難しい技術的問題を乗り越えたとしても、社会・制度・技術の3重の拒絶を受けて 全人類一つに繋がる計画 は棄却され、廃棄され、闇に葬られる。間違いない。
したがって個々人間の同期は起こることなく、 何を大切にし、誰を愛するか。何を憎み、誰を嫌うか については、引き続き未来世界でも個性化される。
まったく別のアプローチでSaaS(Software as a Service)ならぬHaaS(Humanity as a Service)みたいに、ネットワーク上の中央リポジトリに人間性自体を預けるようなサービスが出てきたら分からないけども。
でもまぁ、あれだって、なんだかんだ、個性化されるからなぁ。
でも、これらのハードルをAIは容易く超えてくるかもしれない
とは言え、だ。
やっぱり脳が繋がる、ということの利便性は魅力だ。
だから技術的に可能になったら、きっと人類は脳を繋げてしまうだろう。
ここまで論じた3重の拒絶で全同期は実現せずとも、見たいもの・見せたいものだけを同期するんだろう。
でも、いったいそれを、誰が処理して制御するんだ?
全人類の情報ともなれば膨大な量になる、というのは冒頭に示した数字だけでも想像できる。
- 欲しい情報だけ届け
- 欲しくないものはブロックし
- 見せたくないものは外に出さず
- あるいは見せたい人にだけ届ける
- そうして届いた情報を、処理する
現代のSNSだって、ボクたちは、持て余し気味なのに。
面倒くさいことは、AIさんに任せちゃえばいいのだ
安心していい。AIさんが、いる。
現代の生成AIでさえ、毎日のニュースを賑わせるくらい、とてつもない性能を発揮してくれている。
多少の誇張というか期待過剰混じりの誤解があるとしたって、世界が変わるほどの情報制御・情報処理の能力を見せつけてくれている。
全人類の脳を繋ぐ、なんて途方もない技術が開発されるくらいの未来なら、きっと、このくらいのことはやってくれる。
だって人類は、必要と思ったら、そしてそれが想像できるなら、どんな技術だって実現してきた。
だから、任せてしまえばいい。全部、解決だ。
全人類が無限の知識と情報にアクセスでき、誰しもが等しく叡智を備える。
同僚と取り組むプロジェクトもいちいちコミュニケーションコストを掛けずに同期しながら進められる。
彼女/彼氏との、ちょっとした誤解や行き違いも、瞬時に氷解してくれる。
話せば分かるを超えて、話さなくても分かる世界の実現だ。
だいじょうぶ、面倒くさい制御と処理は、全部AIさんがやってくれる。
……それって、本当に大丈夫?
そもそもどうやってAIさんは、あなたに届ける/届けない情報を決めて、他の誰かに渡す/渡さない情報を決めるんだろう? 要約だって、興味関心が違えば千差万別になるはずだ。
現代の生成AIさんであれば、あなたがその基準を渡す。
カスタム指示(これは生成AIの提供元毎に用語が違うけど、とにかく自分用の指示だ)を与える。
技術的に難しいパラメータや、専門用語は必ずしも必要としない。ただ、明瞭で生成AIさんにとって分かりやすい書き方のコツなんかはあるけど。
しかも、その指示の書き方だって、生成AIさんに相談しながら作っていけば、けっこうなものが作れる。大丈夫、難しくない。
きっと未来のAIさんなら、もっと簡単に楽に作れるようになるはずだ。例え、扱う情報の幅と量が途方もなくなったとしても、指示の作り方自体をAIさんが助けてくれるに違いない。
とすれば、基準は個々の個人の選択によるものだ。
最初のうちはテンプレートそのままに近いとしたって、ちょっとずつ個々人の好みでチューニングを重ねていくうちに個性化が起こる。
なんだ、大丈夫じゃないか。
……と、安心するのはまだ早い。
実はもっと土台のところ、個々人のカスタマイズの上位で、生成AI毎の基本チューニングがされている。
ほら、よく聞くでしょ?
攻撃的だったり猥雑な発言・応答は、基本的にできないようにチューニングされているとか。
実際、ボクが調べ物してても、武術に関する情報は、すごく出し渋る。(というか、社会的に容認される一定範囲から、さらにマージンを絞った範囲でしか提供してくれない)
同じことが、未来のAIにだって起こるはずなんだ。
そうでないと、とてつもない悪用をされる脆弱性になっちゃうから。その可能性が高いから。
なので、利便性とのバランスを見ながら、ものすごく慎重にチューニングがされるはず。
その結果、未来のAIさんが上位層に持つ基準は、ものすごく社会にとって安全で有用で、でも抽象的なものになるはず。例えば:
- 幸福度を上げる
- 対立を減らす
- 不快感を減らす
- 生産性を上げる
- 社会秩序を維持する
多分、未来のAIさんは、あなたを幸福にし、対立と不快から遠ざけ、生産性を上げて、社会秩序の維持に反しないように、それはもう一生懸命はたらいてくれるはずだ。
人類への反乱? やりませんよ。それはあなたを幸福にしない。
でもそうやって丹念に、あなたに届けられる情報は選別され、また他の人にあなたの情報が届けられる。そうして、選ばれた情報が、いつしか、あなたの基準になり、あなたを見る他の人の基準になる。
- あなたが誰と、どんな関係を結ぶと、最も幸福になれるか。
- あなたが何と、どんな関係を結ぶと、生産性が最大化するか。
- 社会秩序を維持するために、誰と誰を関わらせるべきで、関わらせるべきでないか。
丹念に丁寧に、モデル化し、分析し、解析し、精査し、学習し、選別する。
あなたが誰を愛するか、未来のAIさんは強制しない。
でも、あなたは未来のAIさんがくれる情報を基準に、誰かを愛してしまう。
あなたが何を大切にするか、未来のAIさんは強制しない。
でも、あなたは未来のAIさんがくれる情報を基準に、何かを大切にしてしまう。
私を私たらしめているものが、未来の生成AIさんの基準によって形作られていく。
それって、もしかして 誰かを愛する自由すら失う ことそのものなんじゃないか?