2009/12/17

「決めてあげるやさしさ」よりも「提案してくれる頼もしさ」かな @smashmedia

本質的に「選択」というのは面倒くさいものだ、ってコトよね。

従って、自分のとって大したコトじゃない, あるいは十分な情報を持っていないモノやコトに関しては人様に決めて欲しくなくる。いわゆる「丸投げ」ってヤツなんだけど。

ここで厄介なのは「選択」と「意思決定」は別だってコト。具体的には:

「晩御飯、何が食べたい?」
「んー、海鮮鍋」
「えー、気分じゃなーい」

って流れ。もはやネタとしても使い古されたくらい昔からある「定番」だよね。

この中には「選択」を相手に振りながら、しかしその採否の「意思決定」は自分がする、という前提が暗黙のうちにある。

これじゃ「選択」を請け負った側もオモシロクナイ。「海鮮鍋」って言った瞬間には、それが食べられるもんだと思ってしまうから「ヤだ」って言われれば:

「なんだよ、聞かれたから答えたのに」

ってな不満がたまる。これは好もしくない。でも相手は「選択」を求めてくる。(そして別の場面では自分も求めている)

でもこれって、マインドセットを少し変えてやるだけで解決する問題でもあるんだよね。

相手は「意思決定」を求めているわけではないんだ、と。

実は求められているのは「選択」という意思決定のニュアンスが伴なう行為ではなくて、無数にある選択肢の中から良さそうなものを「抽出」するコト。つまり「リコメンデーション」なんだ。無数の選択肢から、有限の選択肢を取り出して提示するコト。

そういうつもりで向きあえば相手の「ヤだ」は理不尽ではなく、向きあうべき「チャレンジ」になる。

いかに相手のニーズを上手く汲み取るか, いかに早く相手の満足の行く選択肢を提示できるか。もちろん、それは現在おかれている状況の中で実現可能な選択肢を選びとる検索エンジン的なスキルとデータベースも要求されるし、自分の抽出した選択肢を魅力的に提示するスキルも必要になる。

ただ、この方向で臨めば断られた時の「理不尽感」からは開放されるし、変に押し付けがましくなって仲がこじれるコトも避けられるんじゃないかな。上手いこと採用されたときの達成感もあるし。

そして、さらに話は広がって。これって「企業」のマーケティングと、ボクたち「消費者」の関係でも同じなんじゃないかしら?

……と、この記事を読んで思った次第。

内容:

"まあこの例だとそもそも丸投げして聞くほうにも問題があるんだけど、何かを決める面倒を引き受けるってのはやさしさなんですよね。 そこをわからずに「選択・決定の自由を与えるほうがやさしい」なんて固定化した考えを持ってると、余計なストレスを相手に与えることになる。"
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