ウィッカは古代宗教の象徴で彩られた丁寧な暮らしである
1. ナイジェリアからの問いかけを、別の角度から掘ってみる
日本の友人へ、 ナイジェリア人として、ずっと不思議に思っていることがある。
日本は「妖怪」「神道」「着物」を——アニメ、ゲーム、映画に変えた。
でも、その「魂」は消えていない。
ナイジェリアでは今、アフロビーツとノリウッドが世界を席巻している。 でも故郷では、ヨルバ・イボ・ハウサの伝統が静かに薄れていく。
だから聞きたい——
① 日本はどうやって「神聖なもの」を「エンタメ」に変えながら、その意味を守ったのか?
② それとも——実は守れていないと思う?「鬼滅の刃」の鬼は本当の鬼道を伝えているか?
③ 文化の「商品化」は保存か、それとも破壊か?
ナイジェリアが学べることがあるなら、何だと思う? アフリカから、真剣に聞いています。
(出典:𝗞𝗮𝘀𝗮𝗕𝗲𝘁𝘄𝗲𝗲𝗻𝗪𝗼𝗿𝗹𝗱𝘀さんのX(旧twitter)のポスト)
ちょっと馴染みのない言葉が入っていたので、補足する。
- アフロビーツは、2000年代以降のナイジェリアやガーナなどを中心に発展した、現代西アフリカ発のポップ音楽の総称
- ノリウッドは、ナイジェリアの映画産業を指す呼称で、Nigeria と Hollywood を掛け合わせた言葉として使われている
- ヨルバ・イボ・ハウサは、それぞれナイジェリアに居住するアフリカ民族グループ。
日本での「妖怪」「神道」「着物」といった文化資産はエンターテイメントのコンテンツに取り込まれ、世界に発信されながら、しかし、その伝統は今も生きているように見える。一方で、ナイジェリアの文化は世界に発信され、受け入れられているけれど、その文化を育んできた諸民族の伝統は、静かに薄れていっている。
どうも、そういうことらしい。
その上で、文化を「商品」とすることの是非と、文化を守るために何か学びになることが日本にあるのか? という問いかけ。
この問いを受けて、ボクは3つの問いが頭に浮かんだ。
- 日本は「妖怪」「神道」「着物」を創作の材料にしつつ、でも、その「魂」は消えていないというのはどういうことなのか?
- ナイジェリアでは、ヨルバ・イボ・ハウサの伝統が静かに薄れていくというのは、どういうことなのか?
- たとえばウィッカ的なアプローチでの復興はどうか?
今回は3つ目の問いを、ネタに与太話。
宗教に関わるネタなのであらかじめ予防線を引いておく。
本記事は、研究者でもなければ、実践者でもない、ただ人々の生活の中に織り込まれた、ちょっと不思議な世界がスキなだけの門外漢の与太話である。
なるたけ当事者には失礼にならないよう配慮はするけど、興味本位で何冊かの本を読み、Web上で飛び交う情報の流れを眺めて思いつくまま書き散らかしているものである。万が一、気に障る記述を見つけてしまったときには、広い心で御寛恕の上、そっとおかしなところを教えて下さるか、その手間も厭わしければご記憶にとどめることなく忘れ去っていただければ幸いである。
2. ウィッカは古代宗教の象徴で彩られた丁寧な暮らしである
2-1. そもそもウィッカって?
ウイッカ(英: Wicca)は、ネオペイガニズムの一派であり、欧州古代の多神教的信仰、特に女神崇拝を復活させたとする新宗教である。ネオペイガニズムの一種である魔女術(ウイッチクラフト)のなかでも多数派を占めるとされ、少人数で集団儀式を行うことを特徴とする。主に英語圏でみられるが、日本にも存在する。ウイッカを信仰・実践する人をウイッカン(英: Wiccan)という。
(出典:ウィッカ - Wikipedia)
引用した中にある通り、魔女術が背景にあって、魔女宗とも言われるそうだけど、女性だけのものというわけではない。
ウィッカを形作る特徴は次のようなものかな、というのがボクの理解だ。
- ヨーロッパの多神教信仰の象徴や儀礼
- 母なる女神と角のある男神
- 賢い女としての「魔女」の知恵
- 近世ヨーロッパで流行った「高等魔術」の文脈
- ヨーロッパの特定地域や単一の神話にルーツを閉じない
- キリスト教化以後も、暮らしの中に残った多神教由来の実践知や神秘知
これらを取捨し、現代の社会やライフスタイルに合う形で再構築したのが現代のウィッカかな、と思う。
その教義、というか彼らの倫理・信条の中で、よく知られているフレーズがこれ:
誰も傷つけぬ限り、汝の意志することをなせ
An it harm none, do what ye will
(出典:「魔女の信条」(The Wiccan Rede))
だいたいウィッカあるいは魔女術の本を読むと、出てくるフレーズである。
外部から覗き込む限り、厳格な禁忌の体系は意識されないように思う。
大きな教団を組織するようなこともなく、カヴン(coven)と呼ばれる小さなコミュニティで祝祭や儀礼が実践されると聞く。
理想は13人、それを超えるとカヴンは分離するとされ、また実際にはもっと小さいカヴンが大多数だと言う。多数のカヴンに分かれている中で、どの程度の共通認識かは分からないけれど。
総じて多くの日本人が「宗教」と聞いて思い浮かべがちな、荘厳な宗教建築や階層化された大組織…といった様子はイメージしづらい。
むしろ日々の生活の中で、1年の季節の巡りと1か月の月の巡りに様々な儀礼や儀礼的習慣がちりばめられる様子が印象に強い。
2-2. ウィッカの祭礼と儀礼
ウィッカの儀礼や儀礼的習慣は、どんなものだろうか?
まず1年を春分、夏至、秋分、冬至の4つ、さらに春分と夏至の間にBeltane(夏の始まり)、夏至と秋分の間にLammas、秋分と冬至の間にSamhain、冬至と春分の間にImbolcという日を置いて、合計で8つの特別な日を設定し、それぞれに特別な祭礼を行う。
これはいわば「太陽の巡り」であり「季節の巡り」でもある。
(ちなみに、Samhainは、キリスト教の祭日である万聖節・万霊節と同じ「とき」にあたり、いわゆるハロウィーンの行事は、この古代の行事に由来するものである…とよく説明される)
また1か月を朔月から上弦、満月、下弦を経て再び朔月へ…という月齢で祭礼や儀礼によき「とき」を測る。単に月のかたちだけを見ているのではなく、朔月から上弦へと「満ちていく月」という風に遷移にも象徴を見る。
朔月の夜はリセットのとき。朔月から細い月に移った夜は新しいことを始めるとき。上弦に向かっていくときはエネルギーを活性化したいとき。
…と、こんな風に。
こちらは「月の巡り」であり「生命の巡り」でもある。
こうして適切な「とき」を選んで行われる祭礼や儀礼、儀礼的習慣には、キャンドルやハーブが欠かせないアイテムとして登場する。
特にハーブは、様々な形で多用される。
束ねてワンドのように使い、精油や乾燥した葉を焚いて空間を香りで満たし、煮出して飲用する。また、ハーブキャンドルにしたり、生花の形で祭壇を彩ったりもする。
また祭礼や儀礼の場には自然を感じられる開かれた空間が好んで選ばれるが、しばしば整頓され清潔に保たれた屋内の空間をハーブの香りと清い水で浄化して使うこともある。
正統なウィッカの場合どうかは分からないが、ウィッチクラフト(魔女術)では自分用の魔法書(grimoireあるいはBook of Shadowsと呼ばれるみたいだ)を用意することが推奨されているようだ。
そこには魔術そのものだけでなく、その実践を通じて感じたり体験したことのすべてを書き留めておく、と紹介されている。
2-3. ウィッカと丁寧な暮らし
季節の巡りの中で、折々にちょっと特別なイベント。
月の巡りを意識しながら、リセットしたり新しいことを始めたり、活性化したり。
開かれた自然空間で、静かに自分と向き合う時間。
ハーブの香りと色に彩られ、整頓され清潔に保たれた部屋。
日々感じたことを書き綴る日記帳。
ウィッカの祭礼や儀礼的習慣を、こんな風に言い換えると、まるで「丁寧な暮らし」そのものみたいじゃないか?
実際、ボクが読んだライト層向けの書籍では「ハーブを自分で育て、精油やハーブキャンドルを自作する」ことが推奨される一方で、「生活の負担になるようなら買っておいで」と、ハードルを下げたりもする。
やり過ぎて生活を破綻させたり乱したりするよりも、日々の生活を整え、体験を通じて感じることを大事にすべきだ、という感じ。
もちろん季節の巡りにせよ、月の巡りにせよ、きちんとそこには意味づけがされている。ハーブの香りでも、整頓され清潔に保たれた部屋だってそう。
それらの意味付けの背景には、ウィッカの「宇宙観」と「神話」がある。しっかりある。
でも、それらのどれをとっても、おおむね「人が快く感じる」もので構成されていて、生活の中に組み込むには「ちょっとだけ」手間が掛かる。
手間は掛かるけれども、生活を乱すようなものではなく、むしろ整える。
それってやっぱり「丁寧な暮らし」そのものだ。
そう考えると、ウィッカの「宇宙観」や「神話」に由来する意味づけは、むしろ「少し特別」な感じがして、生活を彩るちょっとしたスパイスのようにさえ思えてくる。
3. 生活の中に織り込まれた伝統は強い
3-1. ボクたちの暮らしの中の伝統
現代の日本の生活の中にも、古い信仰は残っている。
まぁ、今さらボクが鯱張って言うまでもなく、ネットでは擦り倒されてきているネタだけど。
例えばお正月に食べる「お餅」と「お節」。
お餅に関しては、もともとは丸餅だったらしい。
陰陽道と紐づけて知られる「陰陽五行」では、白く丸いものは「金」の気であるとされる。「金」の気は、春に対応する「木」の気を抑え込んでしまう。だから「金」の気を抑える「火」の気というか、そのまんま火で焼いて食べちゃうことで、春の訪れを助ける呪術である…というような説明がされたりする。(日本の民俗学者、吉野裕子氏の論考)
お節に関しては、もう少し分かりやすい。冬の始まりに山へ帰った山の神は、年が改まるとともに再び「年神」として里に帰ってくる。帰ってきた「年神」を、各家庭で饗応する神饌であり、それを共食するのが「お節」である…というのが民俗学での説明だ。日本民俗学のはじまりとも言える柳田國男先生も、そう言ってる。
…でもまぁ、現代のボクたちはそんなの気にしてないよね。
なんなら江戸時代にはすでに、関東あたりのお餅は切り餅に代わってるし。商品としては、その方が扱いやすかったからって理由で。
別の例では、ウィッカでも特別な日とされている春分と秋分がある。
日本ではこれらの日を「お彼岸」と言って、お墓参りに行くものとされている。
これらの日は、共に太陽が「真東から上り、真西へ沈む」日で、それだけでも農耕民俗的には特別な日だった。そこに仏教由来の浄土信仰、特に西方浄土の観念が重なり、彼岸の真西に沈む太陽の向こうに「彼岸(あの世)」を見た。
それで、この日は彼岸(あの世)と此岸(この世)の「境界」が緩む日で、ご先祖様に会いに行く…つまり墓参りをするようになったなんて風に民俗学者は説明するらしい。
とは言え、こんな意味があると気にする現代人は、ボクの身の回りには一人もいない。たぶん、みんなの周りを見回しても、あんまり居ないんじゃないかな。
でも一方で、古くから続いているお家では、割と今でもお墓参りに行く日になってると思う。
ぼた餅なんか用意してさ。
そんな風にして、ボクたちの…日本の文化的習慣の中には、古い信仰や呪術に彩られた「生活」がある。残っている。
ウィッカの丁寧な暮らしにも、日本の民俗習慣にも「ときの巡り」の中で、信仰の世界と生活の結び付きがある。
3-2. 意味なんか知らないでも、生きた伝統は残る
ここまでウィッカを丁寧な暮らしになぞらえたり、日本の民俗習慣を少しばかり知ったかぶりして紹介したりしてみたけれど。
たぶん、これってウィッカや日本の民俗だけの話じゃないはずなんだ。
東西に長いユーラシア大陸のそれぞれの地域には、それぞれの気候風土と歴史にあった信仰と暮らしがある。南北に長いアフリカ大陸にも、それぞれの気候風土と歴史にあった信仰と暮らしがある。(同じく南北に長いアメリカ大陸のことは、「新大陸発見」とかいう、ちょっとややこしい要素があってボクの手には余るから、ちょっと棚に上げておく)
生活の中に「信仰」が濃く残っているほど、その意味づけも比較的よく意識されているのだろうと思う。でも多くの場合、社会の入れ替わりの中で古い層の信仰は深いところに沈み込んで、オリジナルの意味合いが忘れられていたり、新しい意味づけに上書きされているみたいではある。
それでも、生活の中に「伝統」は生きて残っている。
生きて残っていればこそ、ボクたちは忘れないでいることができる。
大丈夫、意味づけの方は学者の先生たちが、なんとかかんとかして蘇らせてくれる。日本では「語り」と「文献」の保存が良好だったので、民俗学者のセンセイたちが、仕事をしやすかった。でも、語りも文献も失われたとしても、文化人類学者や考古学者、言語学者のセンセイたちが、寄って集ってなんとかかんとか頑張っていたりする。
ここまで日本の「暮らし」の中に伝統が良好に残ってるかのように書いてきたけど、実のところ、日本でも「暮らしの中の伝統」が失われて、本当の意味が辿れないものは相当あると思う。ライフスタイルの変化、人口分布の変化…いろいろ理由はあるけれど。
なんであれ、失われた「暮らし」を復元するのは、たぶん、とっても難しい。
意味づけを学術的に復元することはできる。でも、それはもう「暮らし」の中にはない。
4. 聖なるものは暮らしに宿る
前の記事、 妖怪はエンターテイメントである では、日本の妖怪を例に、伝統の「魂」が姿形を変えたりしつつ、「スキ」が再生産されていく過程を茶飲み話として語ってみた。
本稿ではウィッカを枕に、結局、日本の民俗に戻って「暮らし」の中に残る伝統について、与太話を語ってみた。
これらの二つは、別々のこと…ではないと思っていたりする。
エンターテイメントって本質的に一方通行のメディアではない。作り手側の「これ、面白いよ!」の感覚が、受け手側の「これ面白いね」の感覚に響かないとウケないのだ。いわゆる「共感」ってヤツだよね。
それで共感を繰り返すうちに、洗練されていく。
共感の土台には色んなものがあるけれど、中でも「体験」とか「体感」は、すごく強いと思う。
その点で暮らしの中にある「伝統」は、とても強い。
お正月のお餅にしろお節にしろ、日本で育った人たちにとっては、生まれてから生きてきた年数の分だけ繰り返し「体験」している。ほぼ説明不要で「そういうもの」って分かる。
そういう土台があるから、その上に解説を加えても、アレンジを加えても、すっと入ってくる。
そうすると今度は逆輸入的に、エンターテイメントを通じて「日々の暮らしの中の伝統」が見直されたりもする。
そこから先、知的に理解したくなったときには民俗学や、その他の学術の知見が応えてくれる。
体験的に理解したくなったら? …まぁ、そういう人たちが、祭りや神社や古い町並みを体験しに、わざわざ外国から来てくれているんじゃないかな? 少なくとも何割かは。
そんな感じで、エンターテイメントによる「伝統スキ」の再生産は、やっぱり土台に「暮らしの中の伝統」があるんじゃないかと思った次第。
そういう意味で、ウィッカのアプローチに真面目に感心しているのは、「ヨーロッパの古層の信仰」を掘り起こし、あらためて「暮らしの中」に織り込んだところにある。
ナイジェリアでも同じようにできるのか? どうしたら薄れゆく伝統を、暮らしの中に織り込み直せるのか?
その問いに対する答えをボクは持っていない。
でもまぁ、そこに「暮らし」があって、そこに興味を持つ人がいる限りは、なんとかなるんじゃないかなぁ、と思ったりもする。
伝統は「正しく保存される」だけでは足りない。
どこかで、食べられたり、着られたり、飾られたり、祈られたり、祝われたりしないといけない。体験されないといけない。
それってきっと、暮らしの中にある。
聖なるものは暮らしに宿る。まー、そーゆーことなんだ。