e-mailはコミュニケーション不全を作り出すか?

2008/09/01

IT コミュニケーション ビジネス 考察

t f B! P L

 再考したい「メールの功罪」:NBonline(日経ビジネス オンライン)という記事から。ちょっと今日は斜に構えた視線で。

 この記事では、Face to Faceなコミュニケーションと比べ、e-mailでは相手の表情や声のトーン, その他、皮膚感覚として伝わる多くの情報が欠落することを述べ『一つは内容だけで早急に相手のことを判断してしまうということ』,『2つ目は意図を確認したいから、相手に何度もそれを確かめるようになるということ』と、二つの問題を指摘した上で、次のような事例を取り上げている。

 あるメーカーの人事部はまさにこの問題に直面していました。部のメンバーはちょっとしたことでも相手の所に出向かず、メールで済まそうとする。部内はいつもシーンとしていて、話し声はほとんど聞かれない。場には淀んだ空気が流れる。

 それは次第に部署全体の生産性にまで影響を及ぼし始めました。アウトプットが出るスピードが以前より遅くなり、業務が滞ることもしばしば起こるようになりました。

再考したい「メールの功罪」:NBonline(日経ビジネス オンライン)より引用

 手段に過ぎない『e-mail』という仕組みが、コミュニケーション不全を起こしてしまうことがあって、そのあたりをFace to Faceなコミュニケーションに無理やり切り替えてやることで回復したんだってところに事例は終着するんだけども。

 でも。
 実はメールでのコミュニケーションが不全に終わるのは、テキストベースでコミュニケーションをはかるリテラシの低さ──つまり、文章力が不足しているからじゃないだろうか?

 仕事を頼むときに何度も細部を確認されるのは頼み方が悪く、自分が必要としている成果物の要求仕様をきちんと伝えられていないからだ。
 また、文章の行間から感情を読み取る/読み取らせるなどの繊細で情緒的な文章術は、むしろ日本人の得意芸だったはずだ。確かに、顔の表情や声音や場の雰囲気など大量の情報が欠落していることに変わりはないけれど、本当にそれらは必要なのだろうか? ちょっとした言葉の言い回しに気を使うだけで、文章の表情は必要十分なだけ柔らかくなったり厳しくなったりはしないだろうか? またFace to Faceと比べ距離がある分だけ、心理的な負荷は減らないだろうか?

 Face to Faceなコミュニケーションの優位性は、情報量の多さよりも、そのリアルタイム性──相手の反応が瞬時に伝わる(ちゃんとメッセージを受信していれば、だけど)ところにあるのじゃなかろうか?
 つまり、瞬時に相手の反応を読み取りながら、リアルタイムに伝えるべきメッセージや表現を組み替えていくことができる。それはe-mailなどの静的で非同期なコミュニケーションではできない。紛れも無い優位点だ。

 このようなコミュニケーション形態では、メッセージの交換(コミュニケーションの目的は究極的にはメッセージの交換にある)はインスタントにかつ柔軟に行える。
 けれど、その内容はその場限りに失われてしまうものでもある。別途に記録(録音や速記, 議事録など)をとるコストを掛ければ多少は残せるが、完全に再現することはできない。この点ではe-mailなどの静的なコミュニケーションに遠く及ばない。

 さらに、レスポンスがリアルタイム性ゆえに、相互に『過剰反応』を起こして誤りを犯しがちでさえある。『相手に呑まれた』とか『売り言葉に買い言葉』とか『ジョブスの歪曲空間』とか、そーゆー類の現象である。
 メールだから感情的にギスギスする, フェイストゥフェイスなら大丈夫──なんてのは、特殊な事例を抜き出したマボロシの類なんではないか?

 だから、本当のソリューションは、文章力を磨くことじゃないのか? e-mailや、その他のWebに支援された諸々のコミュニケーション手段に合った作法や技術を、皮膚感覚として受け容れることじゃないのか。

 ホントのところ、件の記事の真意は『安易に、e-mailに頼りすぎてると、いろいろマズいことが起きますよ』ってところにあるんだろうけども。
 ただ、もうボクらはそういう段階をとうに過ぎていて、むしろもっと新しいコミュニケーションの手段や作法, 技術を積極的に身につけていくべきなんじゃないかと。
 事例のケースでは、e-mail(つまり、新しいコミュニケーションの手段)から強制的に引き離すことで、元の状態を回復はしたけれども、それは単にテクノロジ以前の生産性を取り戻しただけで、テクノロジを使いこなす組織と引き比べれば、劣ったままなんじゃないかと。
 ──まったく違った課題を取り扱った記事ながら、ストリートビューは新デジタルデバイドを生む:佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 - CNET Japanを読んで、そんなことを思った次第なんである。

余談

 なんだか随分とe-mailを擁護するようなことを書いちゃったけど、ホントのところメールを中心に置いたコミュニケーションはボクもスキじゃない。むしろ時に苦々しくさえある。
 ただし、それはFace to Faceがいいからってコトではなく、処理しきれないほどの情報フローが一方的に流し込まれる息苦しさと、パーマネントであって欲しい情報が、(実質的に)パーマネントであることを保証できない再利用性の悪さからである。
 特に情報共有に関しては、Web/イントラ上にURLを持たせてパーマネントに参照できる状態にすべきだと思うわけだ。検索エンジンにWikiにblog, CMS──などなど。それを容易にするための技術はとうの昔にこなれてきてるわけだしね。

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